寺院では元旦から修正会(しゅしょうえ)というお勤めが営まれます。期間は元旦のみ, 三日間, 五日間, 七日間と様々です。お西では元旦会(がんたんえ)ともいい、一日だけおつとめします。
修正会は年の初めに改めて仏様の前へ出て、門徒としての自覚を改める法要です。お正月の楽しみの前に、まずはお寺さん、お仏壇への初参りを済ませて一年を始めたいものです。
お荘厳(おかざり)は上卓と前卓に打敷を掛け、お供えは鏡餅です。旧暦二月(今の三月頃)に行われるものを修二会(しゅにえ)といい、東大寺二月堂のお水取りが有名です。
一休和尚の言葉通り「門松は冥土の旅の一里塚」、旧年の行いを悔過し新しい気持ちで新年をお迎えしたいものです。
彼岸会(ひがんえ)は一般にお彼岸とも呼ばれます。春と秋の年2回、春彼岸は3月21日/3月22日の春分の日を中心とした1週間、秋彼岸は9月23日/24日の秋分の日を中心にした1週間です。
"彼岸"は"此岸"と対になる言葉です。「彼」は彼方(かなた,あっち)というように"あちら,向こう"を指す漢字ですから「あちら側の世界」、「此」は此方(こなた,こっち)というように"こちら"を指す漢字ですから「こちら側の世界」の意味です。
"彼岸"は「あちら側の世界」煩悩や苦しみのない悟りの浄土、"此岸"は日常の苦痛と煩悩に溢れた「こちら側の世界」です。日本独自の法会と言われており、806年(大同元年)に日本で初めて彼岸会が行われたと日本後紀に伝えられています。
盂蘭盆会(うらぼんえ)は、一般にお盆と呼ばれます。地方によって違いがありますが、7月14日〜15日、又は一月遅れて8月14日〜15日の二日間です。お盆は日本固有の宗教とも結びつき、とても複雑なものになっていますが、真宗としての意味合いは簡明です。
真宗では、亡くなった方は彼岸にあって私達を照覧しており、いつも身近にいるとも言えますので"祖霊のお迎え"ということそれ自体の要がありません。迎え火,送り火,お膳は真宗とは別の意味合いによるものです。
お荘厳(おかざり)は、打敷をかけます。お盆に似つかわしい夏ものの打敷もちゃんとございます。お供えは供笥(くげ)にお華束という白い小餅を盛るのが基本です。
報恩講(ほうおんこう)は、真宗の教えを開かれた宗祖親鸞聖人を偲んで行われる法要です。真宗門徒には最も大事な法要です。本山では御正忌(ごしょうき)報恩講と呼ばれ、親鸞聖人の祥月命日を結願(最終日)として1週間に渡って行われます。
親鸞聖人は弘長二年(1262年)11月28日にご往生されました。そこで東本願寺では11月21日から28日まで七昼夜に渡って御正忌報恩講がつとめられます。西本願寺ではご命日を太陽暦に換算して、毎年1月9日〜16日までになります。
一般のお寺や家庭での報恩講は、本山より早めに行う慣例ですので「お取り越し」とも呼ばれます。
お荘厳は錦,金襴,緞子の華やかな打敷をかけ、三具足は五具足にします。お花はお東では松を真に、お西では梅を真にして季節の花や菊をさします。ローソクは朱蝋を用い、お供えは供笥に白餅や紅餅です。
家族や近親の方が亡くなると年忌法要が回って来ます。
年忌法要は仏"法"の行"事"で「法事」です。
年忌法要として定められているのは
以上なのですが、地方に寄っては二三(23)回忌, 二七(27)回忌, 三三(33)回忌, 三七(37)回忌にもおつとめをします。「3,7の年に法事は回って来る」と覚えると便利です。
勘違いし易いところとしては「三回忌」です。一周忌は"亡くなられて一年目"の祥月命日なのですが、この後は「数え」で回ります。そのため、一周忌の翌年 = 亡くなられて二年目の祥月命日が「三回忌」になります。
なぜこのような数え方をするのか、実は仏教上のものではなく干支や暦に因んだものであるとされています。
年忌法要は「魂の成仏のため」や「タタリを避けるため」とか「浮かばれるように」という考えがあります。ただ、真宗において亡くなった方は既に阿弥陀如来の浄土にあって救われておられるのであり、救われる必要があるのは私達の方になります。浄土にある亡くなった方の思い、「仏縁にて救われる」思いに応えるための法事が年忌法要です。
"縁なき衆生は度し難し"とも申します。仏の加護を知らぬものは阿弥陀様とて救いようがないという意味で、この縁を「仏縁」と言います。
年忌法要は、亡くなった方による仏縁を想起させるとても大事な法事です。縁者が集まって、仏縁や故人の思いに感謝しつつ営まれる法要は、とても良いものです。
年忌法要ではお焼香がなされます。心身を清々しくさせるためのものですので、上質のものが良いと思います。作法は